メカノケミストリーとは

はじめに

メカノケミストリー(Mechano-Chemistry)は、物質に粉砕などの機械的応力を作用させた際の結晶構造の変化によって生じる物理化学的性質の変化を取り扱う学問分野です。特に、物質そのものや周囲の物質との相互作用による物理・化学的変化をメカノケミカル効果といいます。粉砕過程で、酸化・還元・分解・重合反応が起こり、腐食性、触媒機能、潤滑性、摩耗性、吸着性、濡れ性、強度などの機械的性質などが変化します。この効果を利用すると、様々な材料の開発や改良、物質分離、処理プロセス開発などが可能であり、その応用は極めて広範囲と言えます。
以下には粉砕により発現するメカノケミカル効果に関して詳しくご説明します。

メカノケミストリー

メカノケミストリーとは、前記のとおり、物質に粉砕などの機械的応力を作用させた際の結晶構造の変化によって生じた、物理・化学的性質の変化になります。粉砕の他、マイクロ波照射や液中での超音波照射などを物質(例、固体粒子)に作用すると、固体表面に機械的応力が作用し、その表面構造の変化を引き起こし化学的に活性になります。その結果、固体表面は、活性化し、周囲の物質(気体、液体、固体)と相互作用(物理化学的反応)します。例えば、固体をボールミルなどで粉砕すると、固体は微粉化しつつ、粒子の結晶構造が無定形化して活性になります。この活性(機械的活性)は、ミル運転により生じる衝撃やせん断などの応力の作用で塑性変形し、格子欠陥、格子ひずみ、非晶質化などの結晶構造の乱れが要因であり、固体内に蓄積される塑性変形エネルギーが解放されることによって発現します。この機械的活性により、粉砕過程で微粒子が付着・凝集したり、異種固体の粉砕では、熱力学的条件が整えば、熱を加えなくとも固相反応したりすることもあります。
物質に機械的エネルギーを付与する方法は、前記のとおり、電磁波照射や超音波照射がありますが、より効果的な方法は粉砕法です。強力な粉砕力を持つビーズミルや遊星ボールミルなどは有望なメカノケミカル効果を発揮できる装置です。ただし、メカノケミカル効果は、特別な場合を除き、乾式での処理がより顕著になります。したがって、当社機器の「アトライタ」、「アルケミ」、「ダイナミックミル」は、メカノケミカル効果を発揮できる装置といえます。
以下には、粉砕により発現するメカノケミカル効果・現象を利用した応用例を示します。

メカニカルアロイング

メカニカルアロイングとは異種金属を粉砕により合金化することです。通常、合金の製造は異種金属を高温で溶かす溶融法が一般的ですが、溶融法では融点差の大きな金属の合金や、金属酸化物を微細分散させた分散型強化合金(ODS)を作製することは難しいとされています。これを解決したのが、固体のまま異種金属を粉砕し、塑性変形と折り畳みを繰り返して製造するメカニカルアロイングです合金化の過程は下図の通りです。金属粉末はボールの衝突・衝撃エネルギーにより、異種の金属同士が圧着されフレーク状になります。エネルギーを加え続けると、粒子が扁平化し、やがて粉砕されます。粉砕物が再び、原料粉末や粉砕物と圧着し、多層のフレークが生成されます。圧着、粉砕が繰り返されることで粒子は均質化していき、固相状態のまま合金が生成されます。

図1 図1
異種金属の粉砕(不活性ガス雰囲気下)による塑性変形-折り畳み作用による合金化形成過程のモデル図

メカニカルアロイングにおける合金化で注意しなければならないのは、処理中の雰囲気です。圧着と粉砕を繰り返す処理となりますが、粉砕時に活性面(新規の表面)が生じ、窒素や酸素などの存在下では、酸化や窒化などの反応が生じます。アルゴンなどの不活性ガスや真空雰囲気下、不活性溶媒下での処理が必須です。当社機器の「アトライタ」や「アルケミ」は、粉砕室から回収まで不活性ガス化で運転できる構造となっています。また、タンクはジャケット構造になっており、運転中に発生する攪拌熱を冷却することが可能で材料の温度を制御することができます。
メカニカルアロイングは遊星ボールミルや転動ボールミルなど、さまざまなボールミルで研究がなされています。しかし、それらのミルは量産化(スケールアップ)の際に、機械の構造上、発熱の制御が困難です。当社の「アトライタ」や「アルケミ」は、ジャケット構造により温度制御も可能で、比較的コンパクトにまた安全、確実にスケールアップをすることができます。
具体的にテスト実績をご紹介します。以下は、FeとNiのメカニカルアロイングをX線回折法(XRD) で評価した結果です。Ni、Fe、Fe-Ni合金はそれぞれ固有のピークを有しています。処理が進むにつれ、Ni、Fe単体のピークは小さくなり、合金化されていることがわかります。

図2 図2
不活性雰囲気システム(アトライタ)とメカニカルアロイング例

メカニカルドーピング

メカノケミカルドーピングとは異種元素を固体表面構造の一部に埋設・固定化することです。メカニカルドーピングによりその物質のバンドギャップが変化し、光照射によって光吸収特性の制御が可能になります。ここで、二酸化チタンや酸化亜鉛などの「光触媒」に対する、メカニカルドーピングの例を紹介します1)。まず光触媒の原理は、物質にバンドギャップ以上の光エネルギーを与え、物質表面での酸化・還元反応を引き起こすことにより発揮される現象です。二酸化チタン(TiO2)や酸化亜鉛(ZnO)は、バンドギャップが約3eV程度であり、電子を基底状態から価電子帯まで引き上げるには、400nm以下の紫外光が必要です。もし、これら材料のバンドギャップを低くできれば可視光(400nm以上の波長)照射でも電子移動を可能にできますが、そのためには物質表面構造への異種元素導入が必要です。そのためにTiO2やZnO原料粉体に非金属元素を添加して乾式粉砕するメカニカルドーピングが注目されています1)。結晶構造内にある酸素サイトを窒素や硫黄を置換することで、バンドギャップが小さくなり可視光でも酸化・還元反応を示すようになります。なお、二酸化チタンへの硫黄ドープは、空気中で熱処理することで作製することができます。
具体的には、媒体を使用した粉砕機(アトライタなど)を用い、原料粉体に非金属元素(イオウや炭素など)を微量添加して一定時間粉砕し、その後、未反応な非金属元素を分離除去と原料表面にドープされた元素を固定化するために加熱し、その後、産物を回収する方法です。このようにして回収した処理物は、光吸収特性が可視光側へ移動することを確認すると、可視光応答触媒としての機能が備わったことになります。

齋藤文良、張其武、粉砕によるメカノケミカル効果の原理と実務、p.88-92(2020年9月15日情報機構より発行)

メカニカルグラインディング

メカニカルグラインディング(機械的粉砕)で金属を粉砕処理すると、無定形な構造・組織の物質が得られます。この場合の無定形な金属は溶融法で製造される構造と異なり、したがって、特性も異なったものになります。
メカニカルグラインディングによる物質の無定形化の例として、最近のシリコン系負極材における当社の研究結果を下図に示します。シリコン系材料を粉砕してその結晶子サイズを微小化することによる半値幅が増加し、無定形化が促進している状況が分かります。また、粉砕処理前後の産物のSEM写真より、産物粒度は微細化し、比表面積が増加している様子が分かります。

図3 図3
シリコン系材料を粉砕してその結晶子サイズを微小化することによる半値幅増加(無定形化の指標)と
粉砕処理前後の産物のSEM写真

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